審査で「打たない選択」は評価されるのか —— 村島弘之/剣道歴20年


昇段審査を控える剣士から、よく聞く言葉がある。

「思い切って打たないと、評価されないのではないか」

この不安は、とても自然だ。

審査という場に立てば、

“何かを見せなければならない”という気持ちが生まれる。

だが、剣道において

打たないこと=消極的

とは限らない。

むしろ、打たない選択には、

明確な理由と覚悟が必要だ。

機会が熟していないのに打つ。

相手の崩れを待たずに出る。

それは、

剣道としての判断を放棄した打突になる。

審査で見られているのは、

「何本打ったか」ではない。

どんな判断で、その行動を選んだかだ。

打たないという選択が、

・間合いを詰めるためなのか

・相手を崩すためなのか

・自分の中心を守るためなのか

そこに剣道の理があれば、

その沈黙は、確かな“攻め”になる。

問題なのは、

打たないことではなく、

迷って打たないことだ。

躊躇は、姿勢に出る。

腰が浮き、視線が泳ぎ、

攻めの圧が消える。

一方で、

打たずとも攻め続けている剣士は、

構えに揺らぎがない。

相手は、

「いつ打たれるか」を感じ続ける。

審査員が見ているのは、

その“緊張関係”だ。

一本を狙う剣道も大切だが、

一本を待てる剣道も、同じくらい深い。

打たない選択が評価されるかどうかは、

結果ではなく、

その時間を剣道として成立させているかに尽きる。

審査で必要なのは、

勇気を持って打つことと、

覚悟を持って打たないこと。

どちらか一方ではなく、

その両方を選べる剣士であること。

それが、

「打たない選択」が評価に変わる条件だと思う。

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